「れ」の札は紫香楽宮

滋賀コレかるた

れきしある 万葉ロマン しがらきのみや

紫香楽宮 (しがらきのみや)


奈良時代に聖武天皇が造営した都の遺跡群

紫⾹楽宮跡は、信楽⾼原鐵道の紫⾹楽宮跡駅から北⻄へ約1km、松林に覆われた丘陵地に残る、国指定の史跡です。東⻄90m・南北110mに、建造当時の335個の礎⽯が残っています。
聖武天皇が、奈良時代(742年)に、恭仁宮(京都府⽊津川市)から道をつくり、造営した離宮です。
たびたびの⾏幸の後、3年後に改めて紫⾹楽宮を⾸都と定められました。

紫⾹楽宮跡の緩い坂の参道をたどると、⾦堂跡があります。その背後を囲むように僧坊跡・経堂跡・鐘楼跡・塔院跡などの礎⽯(そせき)が並び、東⼤寺とよく似た建物配置の寺院跡であることがわかります。はるか天平時代の雅やかな雰囲気が偲ばれます。

関連記事

特集記事

TOP